SSですらない、和風シリーズの素描。
私が今住んでいる東北にも夏の気配が漂いはじめているのですが、この春から夏に向かう季節と言えば、自然の甘味を思い出します。
自生している木の実や草の実。野生のサクランボ。ツツジの花に溜まった蜜。
ボカロさん達にも、あの美味しさや摘んで歩く楽しさをお届けしたい今日この頃。
* * *
「美味しそう……!」
手のひらにころりと載った赤い果実があまりにも魅力的で、ミクは思わず声をあげた。
身に纏った朝露に初夏の光を閉じこめて輝く草イチゴ。粒の一つひとつまで汁気を含み、よく熟れている。
ミクにそれをくれた人物---メイコは、「食べてごらんなさい」と微笑んだ。
「ただし、実を割って中を確かめてからね。たまに小さな蟻がいたりするの」
「わっかりましたっ」
弾む声で返事をし、いそいそと草イチゴの実を二つに裂く。
その果実は小さな粒が寄り集まってできていて、中は空洞だった。虫がいる様子はない。
「何もいませんっ」
「ふふ、じゃあ召し上がれ」
「いただきまーす!」
勢いよく口の中に放り込んだ果肉は、舌で潰せる程に柔らかかった。
優しい甘さと微かな酸味。
喉の奥に少しの刺激を感じる所は、苺よりもキウイフルーツに近いような。
「気にいった?」
「はい! とっても!」
目の前には赤く色付いた草イチゴ畑が広がる。
可愛らしい宝の山を前にして、ミクは瞳をきらめかせた。
「だから今日はたくさん摘みましょうね!」
* * *
て感じで、張り切って草イチゴを採りまくるミク。
イチゴは逐一割って中を確かめる。
偶にほんとにちっちゃな蟻さんがいるので、小指の先でちょいちょい押して、葉っぱの上に降ろしてあげたりしつつ。
籠がいっぱいになるまで、摘んでは食べ、食べては摘み。
* * *
「メイコちゃーん! ミクちゃーん!」
「どっさり採れたー!」
陽も高くなり、そろそろ昼食の準備をしに帰ろうかという頃。
元気な声と足音とが山道を転がり降りてきた。
めいめい籠を手にしたリンとレンに少し遅れて、繁みの奥からカイトも姿を現す。そんなに走ると転ぶよ、と声をかけながら。
「見てこれ! グミ!」
「うわぁ、たくさん採ったね」
「そっちも草イチゴすげぇ!」
「でしょ。食べて食べて!」
お互いの籠を交換して中を確かめ合う三人。
リンとレンが得意気に差し出したそれの中には、小指の先ほどの大きさをした赤い実がぎっしりと詰まっている。
美味しそうに草イチゴを頬張る双子を見たミクは、初めて目にするグミに興味しんしん手を伸ばした。
ひょい、と口に入れた瞬間。
「あ、ミク姉!」
「ミクちゃんダメ!」
「う゛? う、うぅぅ~~~!?」
渋い! 酸っぱい! 舌がザリザリする!
吐き出す訳にもいかず口を押さえて悶絶するミクに、メイコが駆け寄って水筒を差し出した。
「大丈夫、ミクちゃん?」
「はいぃ……。すみません、予想外の味でビックリしちゃって」
「皮の部分は渋みがあるの。災難だったわね」
口直しにどうぞ、と言って、カイトが持っていた籠から山桃を取って手渡すメイコ。
噛むと甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、渋酸っぱかったグミの残滓を掻き消してくれた。
「ミクちゃん、ごめんね」
「オレ達がちゃんと味のこと言わなかったから……」
しゅんと項垂れる双子に、ミクは慌てて「二人が悪いんじゃないよ!」と手を振った。
「坊も嬢やも、グミの渋さは身をもって体験したからね」
落ち込むのも無理はないよとカイトは言い、二人の頭を順に撫でる。
「まぁ、二人ともグミをそのまま食べたの?」
「しかも三、四粒いっぺんに」
「それはカイトがいけないわ。どうして先に教えてあげないの」
「面目ない」
カイトは謝っているけれど、実際は教える暇も止める隙も無かったのだろうな、とミクは思った。
メイコも内心では同意見らしく、それ以上は追求することなく肩を竦める。
「何はともあれ、たくさん採れたことだし。そろそろ帰りましょうか」
「は~い。ねぇメイコさん、このグミも食べる方法があるんですよね?」
「もちろんよ」
栗色の髪をさらりと流してメイコは頷いた。
「煮詰めて灰汁をとれば渋味は消えるの。お砂糖もたくさん入れて、ジャムを作りましょうね。頑張った人達へのご褒美よ」
それはきっと、味わった渋さも消し飛ぶくらい美味しいに違いない。
出来上がりを想像した現金な子供達は、三人揃って歓声をあげた。
* * *
ヤマもオチも意味も無いですが、和風シリーズのボカロ達には、こんな平和で何気ない日常を過ごしていて欲しいです。
もうただひたすら、仲良しで楽しくて幸せな感じの。
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