夕暮れ時にはどうしようもなく胸がざわめく。
黄金色の光はどこまでも柔らかく全ての物を浮かび上がらせるのに。
ふと陽が翳るその瞬間、心にも影がさす。
寂しい。恋しい。傍にいて。一人にしないで。
------どうか私を見ていて。
*
さようなら。
きをつけて。
また遊びにいらっしゃいね。
そう言って手を振るのはこれで何度目だろう。
応えて振り返す手が三つ、足音と共に曲がり角の向こうへと消える。
ああ、行ってしまった。
賑やかな笑い声が聞こえなくなったことへの寂しさと、次に会う日を待ち遠しく思う心と。
それから、ほんの少しばかりの安堵。
------カイトと二人で過ごす時間が戻ってきたことへの。
変ね、とメイコは自嘲した。
“これだけいつも一緒に居て、ずっと二人きりなのに、それでもまだ足りないとでも?”
問いに「いいえ」と首を振れない己を自覚して、余計に戸惑いが強くなった。
黄昏の中、光と影との境界がぼやけて立っている場所すら判らない、そんな感覚。
胸がざわつくけれど、不安はきっと直ぐに消えて、自分の居所もきちんと把握できるようになる。
例えば、灯りの元へ辿り着けたら。
例えば、カイトが微笑んでくれたら。
------でも、もし今、彼が私を見ていなかったら?
きっと泣いてしまう、そう思った自分はいかにも大袈裟で、けれど心底切迫していて。
訳が判らなかった。
街へと帰っていく子供達を見送っているのだから、カイトだって今はそちらへ顔を向けていて当然。
例え別の方向を見ていても、呼べばこちらへ視線を移してくれる。
頭ではきちんと理解しているのに、胸の中で切なさが暴れて仕方がない。
------落ち着いて。
一瞬の恐慌だ。立ちくらみのようなもの。暫く目を瞑ってやり過ごせばいい。
そんな冷静な思考を裏切って、メイコは振り返ってしまう。
逢魔ヶ刻の暗がりの中、背後にわだかまる闇を確かめずにはいられない子供のように。
見れば恐怖が現実になると判っているのに。------けれど。
「どうかしたのか」
さっきから泣きそうな顔をしている、と。
振り向いた先には気遣わしげにメイコを見つめる青い瞳があって、ふ、と肩から力が脱けた。
見ていたの、そう問えば、見ていたよ、と当然のように言葉が返る。
そうだった。
彼は優しくて心配性で、いつだって見守ってくれていて------自分はそれを良く知っていた筈なのに。
「君は本当に初音さん達のことが好きだね」
メイコの表情を小さな友人達へ向けたものと思ったらしい。
カイトの温かな手が髪を撫でる。
その温もりに頬を寄せて、メイコは詰めていた息を吐き出した。
真綿で首を締めるような薄闇が、普段通りの夕暮れの姿を取り戻す。
「……今」
「うん?」
「今、とても寂しくなったの」
恋しくなったの。
呟く唇を、慰めるように親指がそっとなぞる。
「また近いうちに遊びに来てくれるよ」
「……そうね」
わかっているのにね。へんね。
くすりと笑ったメイコを、冷えるから、とカイトが屋内へ促す。
こうやって手を取られて、導かれて------いつもいつも。
良く判っている筈なのに何故、あんなにも切なかったのだろう?
先程まで鮮明だった恐怖は跡形もなく消え去ってしまっていて、理由を探すことはかなわない。
なので、メイコは深く考えないことにした。
気にしない。もう気にならない。
他ならぬカイトが傍にいてくれるのだから。
逢魔ヶ刻が見せた一瞬の白昼夢を払い落とし、カイトと共に灯りの点る家へと戻って行く。
何も変わらない。いつもと同じ。
二人で過ごす穏やかな時間が待つ場所へ。
胸の奥に落ちたひとしずく。
生まれた波紋のさざめきを愛おしく両の手で押さえながら。
++++++++++++++++++++++++++++++
メイコさんが恋心に気付く場面や、自覚するまでの課程を何パターンか考えています。
これはそのボツ案です。
誰かのことを瞬間的に、すごく切実に恋しいって想うことがあるとしたら、それは「怖さ」と隣り合わせかなぁと。
「今この瞬間あの人が私を見ていなかったら哀しくて死んでしまいそう」っていうのは、まぁアリかなーと思うんですけども。
じゃあなんでボツかっていうと、あんまり大袈裟過ぎるというか突飛過ぎるというか。
違和感なく描写できそうにないので不採用です。
下手なのは当然としても、自分が納得できないレベルなのはちょっとね;
でも
「不意に不安の波に攫われて」
「その中から掬い上げてくれる人がいて」
「掬い上げてくれることは判りきっているのに」
「何故こんなに切ないんだろう」
「それが好きってことですよ」
というポイントは結構気に入ったので、何らかの形でリメイクしたいです。
そんなメモでした〆(゚д゚*)
PR