「あっはははははははははは!」
マスターの笑い声があまりにも大きかったので、カイト君は思わず耳を塞いで顔をしかめました。
いいえ、カイト君が眉間に皺を寄せているのはマスターの声のせいだけではありません。
マスターの震える指の先、パソコンの画面の中にいるカイト君は、何を隠そうセーラー服を着用していたのです。
その特徴的な襟の形。
マフラーの代わりに結んだ胸元のスカーフ。
何より、足の付け根をようやく隠せるかどうかという丈のプリーツスカート。
羞恥プレイ以外の何物でもありませんでした。
「いや、似合う! 似合うよ~、カイト」
「全然嬉しくありません」
インストール以来初めてと言っていいほどの仏頂面で、カイト君はマスターを睨み付けました。
「そんな格好で睨まれても怖くないけどね。ところで、なんでジャージのハニワ履きなんてしてるの」
「ハニワ履きっていう呼び方は今知りましたけど、スカートだけなんてやってられませんよ!」
「たいして変わりないのに」
「大ありです!」
だんっ!
穏和なカイト君にしては珍しく、地団駄を踏んで抗議しました。
その足は、マスターに指摘された通り深緑色のジャージに包まれています。
「そんなに嫌なのに、セーラー服を着ないって選択はしないんだねぇ。カイトは本当に“お姉ちゃん”が好きだねぇ」
「--------------------っ!!」
ニヤニヤ笑うマスター。
最早声すらも出ず、カイト君はそっぽを向きました。
:セーラー服とおねえちゃん:
カイト君がセーラー服にジャージ(下)着用という恥ずかしい格好をしているのには理由がありました。
学校の先生をしているマスターが、「うちの学校、来年度から中等部の制服が変わるんだよね~」とサンプル画像を持ってきたのがそもそもの始まりです。
カイト君には「個人的に一番ウケた、何故か真っ白の学ラン」を。
そしてメイコちゃんには「襟とスカートの水色チェック柄がすっごく可愛いセーラー服」を、それぞれ渡してくれたのです。
……が。
どういう訳だか、メイコちゃんは「謎の白い学ラン」の方を気に入ってしまったのです。
それなら詰め襟を試した後で改めてセーラー服を着ればいいと、カイト君は提案しました。
そうするのが当然だと、マスターですら思いました。
けれど、常識が通用しないのがメイコちゃんです。
せっかくマスターが用意してくれたお洋服。
だから二人とも着るべきである。
しかし、メイコちゃんはどうしても白い詰め襟の方を着たい。
メイコちゃんの主張を要約すればそういうことでした。
一生懸命訴えるメイコちゃんをないがしろに出来る訳がありません。
カイト君は涙をのんでセーラー服に着替え、いかんともしがたい恥ずかしさを少しでも軽減させようと、マスターがついでに持ってきたサンプルの中のジャージを着込んだのです。
なんだってこんなことに。
カイト君は何度目になるかわからない溜息をつきました。
本当なら今頃は、セーラー服姿のメイコちゃんをじっくり鑑賞した後、マスターに頼んで写真(スクリーンショット)を撮ってもらう筈だったのに。
一体どうしてメイコちゃんは男子用の学生服なんか着たがるのでしょうか。
カイト君が改めて疑問に思ったその時でした。
「お待たせ、カイト。マスター、着替えました!」
いつにも増して楽しそうなメイコちゃんの声に、カイト君は何の心構えもなしに振り向きました。
そして瞬時にフリーズしました。
「どうかな? 似合う?」
くるりと回って見せながら訊ねるメイコちゃん。
カイト君は声も出せず、ただ顔を真っ赤にして立ちつくすことしかできません。
その学生服はファスナーで締めるようになっていて、襟元と前身ごろ、そして袖口に紺色のラインが入っていました。
カイト君の身長に合わせたサイズの学生服はメイコちゃんには大きく、肩は余り、袖はダボダボです。
厚めの布地でも胸元の膨らみは隠せず、逆に腰の辺りの布地の余裕を強調するばかり。
そして何より。
「メイコ……下はどうしたの」
呆然とした様子でマスターが呟きます。
やっとのことで情報処理を再開したカイト君の脳が、マスターの言葉のせいでもう一度ショートしそうになりました。
そう、目の前にいるメイコちゃんは、きちんと詰め襟の上着を着てはいるものの、それと対になるべきスラックスは身につけていなかったのです。
「……これは“はいてない”タグ必要だわ」
「自重! マスター自重してください!」
「え、だってこれはどう見ても」
「二人ともどうしたの? わたし、どこか変? 似合ってない?」
似合っていると言えばものすごく似合っているし、変と言えばものすごく変です。
カイト君は目のやり場に困りながら、悲鳴に近い声でメイコちゃんに問いかけました。
「姉さん、下は!? ズボンがあったよね!?」
「だってあれ、裾が余るし布がゴワゴワするんだもの」
「そうかもしれないけど、だからって何もはかないのは良くないと思うよ!」
「大丈夫、ちゃんとスカートはいてるから」
ほらね、と言いながら、メイコちゃんは上着の端を摘んで持ち上げました。
学生服の裾から、メイコちゃんのトレードマークである赤いミニスカートと、白い太ももが覗きます。
見慣れた衣装の筈なのに、一度隠された上で改めて見せられると妙に動揺するのを止められません。
口をパクパクさせるカイト君をよそに、メイコちゃんはニコニコ笑っています。
「嬉しそうだね、メイコ。そんなに気に入った?」
「はい!」
「そもそも、どうしてその上着が着たかったのさ」
「ええっ、マスター気付きませんか?」
「な、何に?」
首を傾げたマスターに、メイコちゃんはちょっとだけ拗ねた様子でカイト君の方を振り返りました。
「カイトはわかるよね!」
「え? ええーと……」
「もう! よく見て!」
よく見てってどこを。
願望に忠実な視線をメイコちゃんの足から逸らそうと必死なカイト君には、他のことを考える余裕はありませんでした。
ただでさえいっぱいいっぱいな所へ追い打ちをかけるように、メイコちゃんの手がカイト君の胸元に伸びます。
「わからないの……?」
切ない声に、潤んだ眼差し。
スカーフがはずされる衣擦れの音。
間近にせまったメイコちゃんからは、ふわりといい匂いがします。
(えっ……えええ!?)
頭が真っ白になったカイト君からスカーフを外し終えると、メイコちゃんはその水色の布を自分の首に巻きました。
じぃっとカイト君の瞳を見つめ、そして……
「こうするとカイトに似てない?」
にっこり。
無邪気な笑顔でメイコちゃんは言いました。
「……え?」
「ほら、襟の感じとか、白と青の色づかいとか!」
「あ……ああ、そういうこと」
確かに、白いスタンドカラーの服は、カイト君が普段着ている衣装に似ていないこともありません。
やっとメイコちゃんの真意が理解できたカイト君は、額に滲んでいた汗を拭いました。
メイコちゃんは、マスターが用意した服がカイト君の物に似ていたので、そちらを着たいと考えたのでしょう。
今も水色のスカーフを整え直しながらご機嫌です。
「ズボンもね、もっと濃い色だったら無理にでもはいてたのに」
残念そうにこぼすメイコちゃんに、マスターが相づちをうちます。
「ああ、カイトがいつも着てるようなヤツね」
「はいっ。マスター、あんな色のズボンはないですか?」
「ううん、学生服にカーキ色はないなぁ。いっそカイトの服をそのまま借りたら? ……あ」
マスターはその視線をカイト君の方に向けて、にんまりと人の悪い笑みを浮かべました。
「ねぇメイコ。カイトがはいてるジャージなら、色が近いと思うんだけど」
ぴっ、と指さした先には、セーラー服の下にジャージをはいたカイト君がいます。
メイコちゃんはそちらを振り向き、ぱぁっと顔を輝かせました。
嫌な予感。
カイト君はじりっと後ずさりました。
が、逃げられるわけもありません。
「カイト! ねぇ、それわたしに貸して!」
「え、か、貸してって……!」
「お願い! ほら、脱いで脱いで!」
「脱……! うわっ!」
カイト君がまごついているのに痺れを切らしたメイコちゃんは、「えいっ」とカイト君に飛びつき、その場に押し倒しました。
「ちょ、ね、姉さん、向こうで脱いでくるから……!」
「いいじゃない、ここで脱いでも。ねっ、早く早く!」
「ほーらカイト、往生際が悪いよー」
「ますたぁぁぁぁぁ! 面白がってないで止めてください!」
「だが断る」
「もー、カイトったらイジワルね。早くちょうだい? ねぇったら」
「俺は意地悪で言ってるんじゃないよっ!」
「そうだよねー、色々切羽詰まってるもんねー」
「かいとー、早くー」
「ぎゃーー! ヤメテーーーーー!!」
赤い顔で涙目のカイト君と、カイト君にのしかかっているメイコちゃんの姿をじっくりと眺め、マスターは思いました。
生足むき出しの男装女子が、女装男子を押し倒して服を脱がしにかかる。
ああ、なんて倒錯的。
そうして、カイト君の悲鳴を心地良さげに聞きながら、楽しそうにスクリーンショットをとるのでした。
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